「ひとり寿司」をブログに連載します!
ひとり寿司
寿司シリーズの第一作
キャミー・タング
西島美幸 訳
スポーツ狂のレックス・坂井 —— いとこのマリコが数ヶ月後に結婚することにより、「いとこの中で一番年上の独身女性」という内輪の肩書を「勝ち取る」ことについては、あまり気にしていない。コントロールフリークの祖母を無視するのは容易だ —— しかし、祖母は最終通告を出した —— マリコの結婚式までにデート相手を見つけなければ、無慈悲な祖母は、レックスがコーチをしている女子バレーボールチームへの資金供給を切ると言う。
ダグアウトにいる選手全員とデートに出かけるほど絶望的なわけではない。レックスは、バイブルスタディで読んだ「エペソの手紙」をもとに「最高の男性」の条件の厳しいリストを作った。バレーボールではいつも勝つ —— ゲームを有利に進めれば、必ず成功するはずだ。
そのとき兄は、クリスチャンではなく、アスリートでもなく、一見何の魅力もないエイデンを彼女に引き合わせる。
エイデンは、クリスチャンではないという理由で離れていったトリッシュという女の子から受けた痛手から立ち直ろうとしている。そして、レックスが(1)彼に全く興味がないこと、(2)クリスチャンであること、(3)トリッシュのいとこであることを知る。あの狂った家族とまた付き合うのはごめんだ。まして、偽善的なクリスチャンの女の子など、お断り。彼はマゾヒストじゃない。
レックスは時間がなくなってきた。いくら頑張っても、いい人は現れない。それに、どこへ行ってもエイデンに遭遇する。あのリストはどんどん長くなっていくばかり ——
顔を上げた。ミミの顔が目の前にあった。違う、ミミは、いやだ。ミミは、嫌だ。ビーナスはどこだろう? トリッシュは? ジェンは?
「ビーナスを呼んでくる」行ってしまった。ミミは行ってしまった。(だめ、帰ってきて。一人にしないで)
レックスは一人じゃなかった。その腕は、まだ彼女を抱きかかえていた。
「レックス!」
ミミが三人のいとこを連れてきた。ビーナスが走り寄ってきて、レックスが手で膝を抱えているのを見た。「大変、神様」ささやき、そして祈り。ビーナスはレックスの肩に触れた。
レックスは激しく震えた。皮膚は、日焼けをしたように痛い。(ダメ、さわらないで)
「レックス、どこが痛いの?」ビーナスの手が彼女の上でさまよっていた。
トリッシュはビーナスの手を引っ張って、ミミの方を向いた。「エイデンを呼んできて」
「どうしてエイデン?」
トリッシュは、レックスの無感覚な眼差しから目を離さなかった。
「彼はレックスのセラピストなの。何週間もこの子をさわってる。エイデンじゃなきゃダメよ」
ジェニファーがレックスの前にひざまずいた。そこに座り、彼女にささやき、近くにいてくれる。トリッシュが何かビーナスにささやいた。
(彼らがレイプのことを知ったからって、何だって言うの?)その言葉を思うだけで震えがきた。(何年も前のことよ。もうどうだっていい。どうなってもいいわ)
彼女らのささやきが聞こえてきた。「そんなことが起こったって、どうして分かるの?」
トリッシュの答えは断固としていた。
「推論するとね、オリバーは彼女を追いかけていったけど、戻ってきたときは一人だった。レックスは早く走ろうとして怪我をした。そして、今は、誰にもさわられたくない。私たちにも。あの時と全く同じなの」
あの時。レックスはあの時のことを思い出すこともできなかった。
ジェニファーが砂利の上で動いた。素足が痛いのだろう。近くに傾いてきた。そしてレックスは、彼女が祈っているのに気がついた。
突然、安堵を感じた。
また砂利の音。深い声——男性の声だ。「どうしたの?」
トリッシュがささやいた。「八年ぐらい前のことだけど……」
返事がない。
レックスの筋肉は動かなくなった。石のように硬い。彼女の肩は震え始めた。呼吸をするのも困難だった。
ジェニファーが一歩下がった。レックスの上に影が出来た。体を丸くした。
「レックス、僕の車に運ぶからね」エイデンの声だった。優しい。心地よい。しかし、リラックスできなかった。
すると彼は、膝を曲げて近くに来た。彼女はそのにおいをかいだ。石けん、モミ、そして一筋のジャコウ。そのにおいを覚えていた。彼の手の柔らかい圧迫で痛みが和らいだのを、覚えていた。
彼の手が背中に触れた。他方の腕は足の下に。そのにおいが彼女の肺を満たし、彼女を包んだ。背筋は緩んだ。
「レックス、僕の首に腕を回して」彼女は言われた通りにして、強いモミとジャコウのにおいを吸い込んだ。鎮静薬のように、それは彼女の体、筋肉に流れ込み、緊張をときほぐした。
エイデンがレックスを持ち上げると、皮膚に跡をつけていた砂利が落ちた。少し揺らして握り方を調整し、もっとしっかりと彼女の体に腕を巻いた。そして、車と車の間を通って歩いていった。
彼女は目を閉じ、息を吸った。
エイデンは自分の車までレックスを連れて行き、いとこ達は後に続いた。レックスのシートベルトをつけた。
ビーナス、トリッシュ、ミミ、ジェニファーは、開いた助手席のドアの周りに集まっていた。
「エイデン、お父さんの家に連れていってあげて」
そう、レックスは父親を必要としている。
「お父さんとお兄さんを探してくる」ミミが走っていった。
「おばあちゃんは?」トリッシュは眉をひそめた。「いろいろ聞かれたくないわ」
「おばあちゃんのことは私に任せて」ジェニファーが背筋を伸ばした。レックスは、その背中に強靭な態度を見て取った。彼女の目はチラチラ周りを見ることなく、真っ直ぐにトリッシュを見ていた。
「それから……」トリッシュの口がかたく横に引っ張られた。
ビーナスの目はドラゴンのように光っていた。「リチャードには私が言う。言っといた方がいいわ」
「行こう」トリッシュは、エイデンの車の後部席に乗り込んだ。
トリッシュが、父のアパートまで案内した。父とメアリーは、彼らが到着してから一分後に着いた。エイデンがレックスを居間まで運び、ソファの上に寝かせた。
父は歳を重ね、口と手にシワが沢山あった。何も言わず、レックスと一緒にソファに座った。メアリーが何かつぶやいているのが聞こえたが、その後、父とレックスだけになった。父は、レックスに触れなかった。
あの時も、父は彼女に触れなかった。
一度目の襲撃の後、彼女は磁器製の能面のようにかたい顔で、叫びたくなるほど緊張させた輪ゴムの塊のような体で座っていた。単音節でしゃべり、誰にもさわって欲しくなかった。
今回は、違った。もっとひどいことになってたかもしれない。唇を噛んだ。
父はソファの上で少しずれた。そして、手を伸ばしてレックスの指に触れた。
彼女は手を前に出して、父の手をつかんだ。
父はそれをかたく握った。指の感覚がなくなってきて、骨が折れそうな気がしたが、抵抗しなかった。涙が頬を伝って落ちた。
そして、泣き出した。腕を父に伸ばし、昔のように、彼のシャツに顔を埋めた。父は手を回し、彼女はその手に抱かれていた。
(私はここだよ)
(ああ、神様。本当に、ごめんなさい)
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