「ひとり寿司」をブログに連載します!
ひとり寿司
寿司シリーズの第一作
キャミー・タング
西島美幸 訳
スポーツ狂のレックス・坂井 —— いとこのマリコが数ヶ月後に結婚することにより、「いとこの中で一番年上の独身女性」という内輪の肩書を「勝ち取る」ことについては、あまり気にしていない。コントロールフリークの祖母を無視するのは容易だ —— しかし、祖母は最終通告を出した —— マリコの結婚式までにデート相手を見つけなければ、無慈悲な祖母は、レックスがコーチをしている女子バレーボールチームへの資金供給を切ると言う。
ダグアウトにいる選手全員とデートに出かけるほど絶望的なわけではない。レックスは、バイブルスタディで読んだ「エペソの手紙」をもとに「最高の男性」の条件の厳しいリストを作った。バレーボールではいつも勝つ —— ゲームを有利に進めれば、必ず成功するはずだ。
そのとき兄は、クリスチャンではなく、アスリートでもなく、一見何の魅力もないエイデンを彼女に引き合わせる。
エイデンは、クリスチャンではないという理由で離れていったトリッシュという女の子から受けた痛手から立ち直ろうとしている。そして、レックスが(1)彼に全く興味がないこと、(2)クリスチャンであること、(3)トリッシュのいとこであることを知る。あの狂った家族とまた付き合うのはごめんだ。まして、偽善的なクリスチャンの女の子など、お断り。彼はマゾヒストじゃない。
レックスは時間がなくなってきた。いくら頑張っても、いい人は現れない。それに、どこへ行ってもエイデンに遭遇する。あのリストはどんどん長くなっていくばかり ——
レックスは、携帯のフリップを開けた「ヘーイ、リチャード」
「どうだった?」
「何がよ」冷蔵庫がブンブン言う音は数秒やんだ。レックスがバシッと叩くと、また始まった。
「オリバーとのディナーだよ」
「何で知ってるの?」
「あいつが言ってた」
「あなたから聞いたの? いつから私の恋愛生活に興味が出てきたのよ」
「別に……ちょっと興味があっただけ」
レックスはお尻に手を当て、リチャードの純粋ぶった顔を想像しながら、冷蔵庫をじっと見た。「今まで『ちょっと興味』があったことなんて、ないじゃない」
「気にするな。じゃあ、また」(カチャッ)
レックスは、電話をかけた。
「ハロー?」
「レックスよ。ちょっと乗せてってもらいたいんだけど」
「今?」
「ひま?」
ビーナスはため息をついた。「まあね。三〇分待ってて」
「あれ、来客みたいね」レックスは、兄に割り当てられた二つの駐車スペースの一つに停められた、りんご飴のように赤い三菱の方を見ながら車の窓ガラスを叩いた。
「窓ガラスに指紋をつけないでよ」ビーナスは、来客用のスペースに車を停めた。
車から出て、レックスは一歩ずつゆっくり、リチャードのアパートまでの階段を昇った。階段の昇降が多く、いい方の膝も痛み始めた。(最高)
ビーナスはドアベルを鳴らした。「今日は割と暇なんだけど、仕事を抜け出す価値のあることなんでしょうね」
「土曜日なのに仕事なの?」
「あのさ——スタートアップ(新会社)なの。毎週土曜日は出勤日よ」
「だけど、今日は暇だったの?」
「忙しくない日は、事務所のドアを閉めて、デスクで寝るの」
ドアがサッと開くと、モデルのような、身長一七〇センチぐらいの痩せたアジア系の女の子がいた。「何か用?」
「メイリン?」レックスは信じられなかった。「ここで何してるの?」リチャードがこの頭のおかしい小娘と別れてから数ヶ月、ここにその本人がいる。
「あんたの兄貴に頼まれてさ」濃いアイメークをした目が、その肩越しに居間の方を指した。「私の方が大事。あんたは後でまた来な」
レックスは閉まりかけたドアを手で叩いた。「私は妹なの。やれるもんなら、止めてみれば」ビーナスと二人だったら、精神異常者でもやっつけられる。
「レックスだったら、いないって言ってくれ」リチャードの声は隣人が聞こえるぐらい大きく響いた。
ビーナスは目を閉じ、頭を振った。「あんたたち、本当に兄妹?」
「ほらごらん、あんたとは話したくないそうよ!」メイリンの声は、タカの甲高い鳴き声みたいに大きくなった。マニキュアをつけた爪で、香港直送のファッションブラウスの深く切れ込んだネックラインをいじっている。「帰って!」
メイリンの金切り声を聞いて、リチャードの隣人が、頭を出してのぞいた。
レックスは近くに寄りかかかった。「開けないんだったら、あんたの赤いコンバーチブルをキーでひっかくわよ」
メイリンはその赤い唇をおにぎりのように大きく開けて、ハッと息を呑んだ。「マイ・ベイビー!」
ビーナスが車のキーを取り出し、ゆらゆらさせた。
メイリンはドアをバンと開けた。
「ごきげんよう」レックスは大股でリチャードの居間に入り、コーヒーテーブルに足を放り上げた。
「和平条約を結びに来たんじゃないから」
「何だって——? 最悪だな」
レックスはビーナスの方を向いた。「ほら、窮地に立たされてるのが分かってるみたいよ」
「まさか」リチャードはソファのクッションに沈み込んだ。
「じゃあ、この質問は簡単だわ。あの男の行列は一体、何? 本当にあなたの友達?」
メイリンの目が大きくなった。「リチャー! 何か秘密ある?」
「レックス、お前バカか。そうだ、あいつらは僕の友達だ」
「じゃあ、『こどもの日』の夕食にいたあの人は、何て名前?」
リチャードは三回まばたきした。「ええと……マーシャル?」
レックスも覚えていない。「叔父さんのバースデーパーティの時のは?」
今度は、七回まばたきした。「カール?」
「ブーッ。やっぱりね」
「いちいち誰を連れてったかなんて、覚えてないよ」
「じゃあ、何で、私がオリバーとデートしたことに興味があるの?」
「別にないよ。いい気になるな」リチャードはリモコンをつかみ、テレビの音量を上げた。
レックスはそれを引ったくって、テレビを消した。「ねえ、メイリン。リチャードが六歳で私が五歳だった時のこと、聞いた?」
「おい、おい、おい!」リチャードは、魔法のつえでメイリンの耳をふさぎ、レックスの口を閉じさせようと、腕を振り回した。
(は! できるもんなら、やってみろ)
レックスをにらむリチャードの目は、恐怖のしぶきの中で萎えていった。「やめろ」
「賭ける?」
「分かった、外で話そう」
「いやよ! ドアの外に締め出すつもりでしょ」
爪をじっと見ていたビーナスが顔を上げた。「そうなったら、近所の人が聞こえるように大声で叫べばいいわ」
ゴルフで日焼けしたリチャードは、青白くなった。
レックスはソファの肘掛けに座り、足をぶらぶらさせている。「言って」
「お前のボーイフレンドを見つけたら、車を買ってくれるって、ばあさんに言われたんだ」
「えーっ?」女三人は同時に悲鳴を上げた。
「おばあちゃんから賄賂をもらったってわけね?」レックスはソファから飛び降りた。「驚くことじゃないわ」
「リチャード、あなたの自己防衛本能には、相変わらずびっくりさせられるわ」ビーナスは彼をあざ笑った。
「あんたのアキュラ、まだ三年」メイリンは唇をつねり、腕を組んだ。「それに、私とよりを戻さない」彼女にプライムホイール(プライム社製高性能ロードバイク車輪)を与えないのは国家犯罪であるかのような言い方だ。
リチャードの目は横にそれたが、誰の顔もまっすぐ見ていなかった
レックスは動いて彼の前に立った。「オリバーのこと、どれぐらい知ってるの?」
「よくは……知らない」
「じゃあ、斧を持った殺人鬼と私を引き合わせる可能性もあったわけね。お兄ちゃん、大好き」
「おい、叔父さんの家で会わせた、ダサ男と比べたらマシだっただろ」リチャードはむっつりした。
「リチャード、何て脳みそがないの」ビーナスはドアの方へ動いた。「レックス、行こう。こんな奴はメイリンに任せとけばいい」
メイリンは笑って、指を鳴らした。
「勘弁しろよ、レックス。助けになりたかっただけなんだ」メイリンの荒れた顔を慎重に見ながら、リチャードの絶望的な目はレックスに懇願していた。
「最悪のデート相手を見つける、っていう助け? 私って本当に愛されてるのね」
「男を探してるようなことを、遠回しに言ってたじゃないか。それに、ばあさんもお前にデート相手が必要だと思ってる。誰かに引き合わせようとして、どこが悪いんだよ」絶望的な笑顔を見せた。
レックスがにらむと、その顔から笑顔が消えていった。「リチャード、いい人を選ぶこともできたんじゃない?」
「選んだよ。エイデンは? オリバーは? 楽しかったんだろ?」
レックスはビーナスを追ってドアの外に出た。確かに、一つ彼に借りができた。
「そうよ、リチャード」ドアノブをつかんだ。「あなたはその気がなかったのかもしれないけど、オリバーはいい人だったわ」ドアをバタンと閉めた。
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