「ひとり寿司」をブログに連載します!
ひとり寿司
寿司シリーズの第一作
キャミー・タング
西島美幸 訳
スポーツ狂のレックス・坂井 —— いとこのマリコが数ヶ月後に結婚することにより、「いとこの中で一番年上の独身女性」という内輪の肩書を「勝ち取る」ことについては、あまり気にしていない。コントロールフリークの祖母を無視するのは容易だ —— しかし、祖母は最終通告を出した —— マリコの結婚式までにデート相手を見つけなければ、無慈悲な祖母は、レックスがコーチをしている女子バレーボールチームへの資金供給を切ると言う。
ダグアウトにいる選手全員とデートに出かけるほど絶望的なわけではない。レックスは、バイブルスタディで読んだ「エペソの手紙」をもとに「最高の男性」の条件の厳しいリストを作った。バレーボールではいつも勝つ —— ゲームを有利に進めれば、必ず成功するはずだ。
そのとき兄は、クリスチャンではなく、アスリートでもなく、一見何の魅力もないエイデンを彼女に引き合わせる。
エイデンは、クリスチャンではないという理由で離れていったトリッシュという女の子から受けた痛手から立ち直ろうとしている。そして、レックスが(1)彼に全く興味がないこと、(2)クリスチャンであること、(3)トリッシュのいとこであることを知る。あの狂った家族とまた付き合うのはごめんだ。まして、偽善的なクリスチャンの女の子など、お断り。彼はマゾヒストじゃない。
レックスは時間がなくなってきた。いくら頑張っても、いい人は現れない。それに、どこへ行ってもエイデンに遭遇する。あのリストはどんどん長くなっていくばかり ——
ビーナスはポンコツ車の中にレックスを落ちつかせた。数回キーを回したら、やっとエンジンがかかり、二人はジェニファーの両親の家を後にした。
レックスは、ヒビの入ったダッシュボートを見ていた。もう泣いていないのに、まだ顔に涙の跡がついている。もう何も感じなかった。
ボンネットの下で何かが爆発した。
いや、小さい爆発。ブーン! という音が車に衝撃を与えたが、火の玉に呑み込まれてはいない。灰色の洪水のように、煙がボンネットの下から流れ出してきた。ビーナスは車を路肩に停めた。
レックスとビーナスは車から避難した——だって、映画で車が爆発するシーンをよく見るから、念のため避難した方がいい。シューッと音を立てているフードを開けたいのだが、車に近づくことができない。
レックスは咳き込んだ。「よくないと思う?」
ビーナスは、ただ彼女を見ていた。
「分からない? お金がないの」恥というものは全てなくしたんだった——ついでに、一文なしだってことを宣伝しよう。「神様は私に敵意を持ってるから」
「神様はそんなこと——」
「そうなのよ。おばあちゃんは、きっと暴行で私を訴えて、刑務所に入れるわ。クラブチームがなければ、私の中学生女子はドラッグと売春まで落ちぶれる。私は太って、高コレステロールと糖尿病になる。そして、心臓発作で死ぬのよ」
ビーナスは腕を組んだ。「終わった?」
「まだ。神様は意地悪よ。私ってそんなにひどいクリスチャンだったかな? こんな罰を与えられるなんてさ。どうして私のバレーボールの子たちを罰するのよ。私が思ってたような神様じゃないわ」
「おばあちゃんの行為をどうして神様のせいにするの?」
「おばあちゃんの行為だけじゃないわ。どうしていい人が見つからないの? それが、どこまで難しいって言うの?」
「レックス、ベイエリア全体の独身者が同じ質問をしてるわよ」
「だけど今までは、全力で努力すれば、全てうまく行ったの。どうしていい人を見つけるのはうまく行かないの? 少なくともスポンサーぐらいは見つかってもいいじゃない?」
「ちょっと、はっきりさせて。あなた、いい人とかお金を持ってる人が見つからない、って文句を言ってるけど、アメリカ中の女性がそうなのよ。あなた、どんな惑星に住んでるの?」
「だけど、こんなに頑張ってるのに——」
「私はそんなに信仰が深くないけど、それでも時々思うの、頑張るのをやめなきゃダメだって」
「ばかばかしい。努力するのをやめたら何も起こらないじゃない」
「違うの、なんていうか……」ビーナスは少し考えて、指をならした。「インディ・ジョーンズとあの崖、覚えてる? こう言うの。『神様、あなたが私にして欲しいと考えておられること全てについて、私を助けてくださると信じます。私の失敗を望まれるのなら、失敗しても構いません。私の成功を望まれて、聖なる杯を見つけることができ、大地震を起こしてくださるのなら、私は成功します』ってね」
「神様は地震を起こさなかった。やったのは、あの金髪」
「どっちでもいいわ。問題は、その『崖から落ちるまで歩く』ってことなの」
「崖から落ちるまで歩くって……それだけ?」
「もちろん。橋が見えてたら、それは信仰じゃない、でしょ?」
お尻が熱くなってくるまで、レックスは車にもたれていたことを忘れていた。車から離れた。
「ビーナス、私、できるかどうか分からない」
「簡単だったら、誰でも神様に従えるわ」
「だってつまり……前進しないで、全力を尽くさないで、何もしないの? ただ待つだけ……そうなの?」
「もしかしたら、それは神様が、あなたに望んでおられることなのかもよ」
「どう考えても、正しいと思えないわ」
「おばあちゃんがあなたを支配しようとし始めたとき、祈った?」
「少しはね……」つまり「ノー」だ。「ただ……それに対して行動したわ」
「神様があなたに何をして欲しいのか、神様からの答えを待たなかったのね」
「待ったことなんて、一度もない」
ビーナスは、あきれた表情をした。「それがあなたの問題なのよ」コホっと咳をした。「やった、煙がなくなったわ」手を伸ばしてボンネットを開けた。
神様の答えを待つ? レックスは待ちたくなかった。尋ねたくもなかった。何かがすごく欲しい時に、神様が「ノー」と言うのを聞きたくなかった。決してそれを受け入れることはできないだろう。
そのことと格闘する時間が必要だった。
黒くなったエンジンを見ながら、ビーナスは、もうダメだという顔をしていた。「よくここまで持ちこたえたわ」
「そうね」
「レックス、聞いて」ビーナスの皮肉っぽい顔は、真剣で、愛情深い表情へと溶けていった。「施し物をされるのは嫌かもしれないけど、中古車、私が買うわ」
「ダメ」レックスはあごを突き出した。
ビーナスは、怒った遠吠えのように聞こえるため息をついた。「お金がないことを絶対に認めないのね」
いや、認めたと思う。車のボンネットの中を見ていると、涙が溢れてきた。煙のせいかもしれない。一体どうしてしまったんだろう。彼女はいつも自分のことは自分でやってきた。でも今、足は不自由、泣き上戸で、貧乏だ。
ビーナスは咳をした。「利息も取るわよ」
レックスは元気になった。「ほんと? 私だけのために利息を請求してくれるの?」
ビーナスは一瞬、目を閉じた。「あなたって本当に変わってるわね。そうよ、私からお金を受け取らないって言うってことは、あなたは明らかに正気じゃないから、利息をもらうわ」
「家探しも手伝ってくれる?」
「聞いてみる。そうそう、リチャードに聞くべきよ。彼は知り合いが多いから」
「リッチ、レックスよ」段ボール箱にもう一つショートパンツを押し込みながら、携帯を持ち直した。
「何? 可愛い妹よ」
「アパートが売りに出るの。それで早く住む場所を見つけなきゃ」
「じゃあ、ジョージは?」
「ジョージって、数ヶ月前あなたに押しつけられて、食事代を私に払わせた、あのダサ男?」
「あいつは優秀な不動産屋だぞ」
「絶対、いや」
「知り合い、と言ってもよくは知らないんだけど、そいつの妹がタウンハウスでルームメートを探してる、って聞いたよ」
「誰?」
「お前も会ったことあるよ。オリバー。ホットポットタウンで……その……」
「覚えてるわよ、あの夜のことは、くっきり記憶してるわ」
「お前の手術の後、電話してきたんだ。どうしてるかって。だって、あの時いたから……あいつ」
「一〇秒ごとにその話題を持ち出さないでくれる?」
「オリバーの電話番号、探すよ。いつ要る?」
「急いでる」
「そうだ、もう一人、心当たりがある」
「何?」
「嫌がると思うよ」
「何で?」
「ばあさんが貸してる家の家族が、今月引っ越すんだ」
(不可能だ)「オリバーの電話番号、ちょうだい」
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