「ひとり寿司」をブログに連載します!
ひとり寿司
寿司シリーズの第一作
キャミー・タング
西島美幸 訳
スポーツ狂のレックス・坂井 —— いとこのマリコが数ヶ月後に結婚することにより、「いとこの中で一番年上の独身女性」という内輪の肩書を「勝ち取る」ことについては、あまり気にしていない。コントロールフリークの祖母を無視するのは容易だ —— しかし、祖母は最終通告を出した —— マリコの結婚式までにデート相手を見つけなければ、無慈悲な祖母は、レックスがコーチをしている女子バレーボールチームへの資金供給を切ると言う。
ダグアウトにいる選手全員とデートに出かけるほど絶望的なわけではない。レックスは、バイブルスタディで読んだ「エペソの手紙」をもとに「最高の男性」の条件の厳しいリストを作った。バレーボールではいつも勝つ —— ゲームを有利に進めれば、必ず成功するはずだ。
そのとき兄は、クリスチャンではなく、アスリートでもなく、一見何の魅力もないエイデンを彼女に引き合わせる。
エイデンは、クリスチャンではないという理由で離れていったトリッシュという女の子から受けた痛手から立ち直ろうとしている。そして、レックスが(1)彼に全く興味がないこと、(2)クリスチャンであること、(3)トリッシュのいとこであることを知る。あの狂った家族とまた付き合うのはごめんだ。まして、偽善的なクリスチャンの女の子など、お断り。彼はマゾヒストじゃない。
レックスは時間がなくなってきた。いくら頑張っても、いい人は現れない。それに、どこへ行ってもエイデンに遭遇する。あのリストはどんどん長くなっていくばかり ——
グッドウィル(リサイクルショップ)の人たちが、車に載せてくれた——後ろから少し出ているが——だけど、誰が彼女のアパートまで運んでくれるだろうか?
レックスは眉をひそめ、新しく買った中古のエクササイズバイクを見つめた。PTにあるものとは比べ物にならないが、役に立つだろう。一日二回、これに乗れば、膝の腫れもおさまるはずだ。
アパートの中に入れることができ、それを置く場所があると仮定して、購入した。さて、CPMマシーンはずっと前に返したから、とうとう段ボール箱を動かさなくてはいけない。
多分、誰かが来てくれるだろう。それか、誰かに電話しようかな。その時まで、車にバイクを置いたままにすることになる。
レックスは、アパートに向かって、ひび割れた歩道をゆっくり歩いた。装具がないと、まだ少し安定感がなかった。だけど、つけないで歩くことに慣れたらもっと強くなると、医者は保証してくれた。
あの、ドアにかかっているのは何だろう? レックスは、はげかかった塗料から黄色い紙を引っ張った。
アパートが売りに出た。四週間後には出て行かなくてはならない。
胸骨と胃を同時にハンマーで殴られた。倒れないようドアの枠をつかんだ。
こんなことがあっていいものか。
アイスクリームが食べたい。
レックスは、鍵を鍵穴に突っ込んだ。
「ウェックス?」
振り向いた。「あ、こんにちは。ミセス・チャング」
陽気な丸顔は、涙ぐんだ月に変わっていた。彼女も同じ通知を持っていた。
「ミセス・チャング、何て書いてあるのか分かりますか?」レックスは紙を指さした。
ミセス・チャングはうなずいた。「甥に電話、彼、読んだ」
「どうするんですか?」
頭を振ると、下を向いた目から大粒の涙が落ちた。大きな音を立てて鼻をすすると、喉の奥から痰の絡んだ音がした。
待って、これはちょっと気持ち悪い。
「甥と住む、彼、手伝うね」
レックスはミセス・チャングの丸い肩を不器用にたたいた。彼女はうなずき、ヨタヨタと行ってしまった。
彼女はどうなるのだろう? 甥っ子さんは、彼女のために別の場所を見つけるか、彼女を引き取ってくれるのだろうか? この甥は、年老いた親戚を何らかの形で世話するという自分の義務を分かっているようだ。このような古くからの文化的義務があることで、これほど安心したことはなかった。
アイスクリームが食べたい。
ワンルームのアパートに押し入った。不自然な静けさのために、混乱した。何かが、ない。
冷蔵庫のブーンという音だ。
レックスは簡易キッチンへと急ぎ、小さい冷凍庫から水が垂れているのを見つけた。
泣きたかった。アイスクリームがない。
傷んだ食べ物を片付け終わり、ドロドロに溶けたアイスクリームをすすっていると、携帯が鳴った。「ハロー?」
「もしもし、エイデンだ。近くにいる——友達と夕ご飯を食べに行くけど、一緒に行く?」
デートじゃないなら、いいか。レックスはガッカリしていない、本当に。「いいタイミング。冷蔵庫が壊れちゃった」
「古い電化製品に万歳」
「ふん、どうもね」
「一〇分で着くから」
実際エイデンは、八分後にやってきた。彼がベルを鳴らす前に、彼女はドアを開けた。「どこへ行くの?」
「中華」
「最高」
運転中、エイデンは、ハンドルを軽く叩き続けた。あまり気がつかないレックスでも、彼らしくない緊張感に気がついた。
「何かあったの?」
「お腹が空いてるだけ」
「文句を言ってる訳じゃないんだけど、どうしてお友達とのディナーに誘ってくれたの?」
エイデンの顔は、ガラスより滑らかに見えた。何かを隠しているようにも思えた。いや、そんなはずはない。
「もっと男性に会いたい、って言ってたよね?」
「ああ」確かに言った。「そうね」
「一人がクリスチャンなんだって。少なくとも、そう言ってる」
彼の皮肉がチクチクいたい。「誠実なクリスチャンもいるのよ」
彼は静かになった。「うん、知ってるよ」彼の声は、思慮深そうに低く響いた。
駐車場に入った。「あの人たち?」暗くて半分見えない二人の姿が見えた。
ドアを開ける前に、何故か立ち止まった。
エイデンの友達じゃないはず——カップルだ。男性は暗がりで女性にキスしている。ロマンチックな光景だ。女性の明るい髪の毛は、ほとんど銀色に光っていた。
あれはアイクのようだ。そして、リンジー。
男性の方が頭を上げた。
「アイク?」聞き覚えがない、しわがれ声——これは本当に自分の声か? 唾を飲み込んだ。丸めたテープのかたまりが喉に詰まったみたいな気がする。
男性が微笑んだ。アイクだった。
エイデンもまだ車から出ていない。彼は、そのカップルをじっと見た。
レックスは唾を飲んだ。「やめ、ない——?」
「いいよ」またエンジンをかけた。何も聞かずに。
「うちで降ろしてもらえる?」もうお腹は空いていなかった。
発進した。アイクとリンジーを過ぎながら、レックスは胸の中で輪ゴムがはじけるような痛みだけを感じた。
まあ、これで彼とキスする必要はなくなる。
エイデンをチラッと見た。彼にキスしたい——
(見るのはいいけど、さわっちゃダメ)
チェッ。
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